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2014年6月

2014年6月30日 (月)

蕎麦を楽しむ会


 

Photo そば道場の住宅と作業場

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2014年6月29日 (日)

デザイン・ベトナム

Photo 見事なデザイン・子供の作品です。

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2014年6月28日 (土)

大野城

好むと好まざるとにかかわらず、流れは変わる。今日の新聞のお悔やみらんに2、年前まで交流の有った絵の友達の死亡が載っていた。私より8歳下。この年に成ると10歳前後は度年同年代の感覚か。この20年の間に何人かの極親しい友人が他界した。私には自分の物が絵しかない。

感動のスケッチから感動の思い出深い絵を残したい。大野城は 福井県に丸岡城と二つしかない城の一つです。想い出に残る1点です。

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2014年6月27日 (金)

富士山

ベトナムの塗り物の話

日本の富士山、見事なデザイン、之が子供の仕事と思えますか。ベトナムの子供たちは、7歳で小学校入学、之は日本と同じですが、仕事も7歳から始めます。之は仕事と勉強と同時に始めるのです。それは二部交代に成っていて、朝と昼とに別れ、朝勉強の子は昼仕事、朝仕事の子は昼勉強。日本の諺に有るように、7歳にして才能を芽生える。ベトナムでは実践しているのです。

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Photo_3この富士の塗りはベトナムの幼い子供達の塗り物の絵です。

2014年6月26日 (木)

ベトナムのデザイン

Photo ベトナムのデザインは凄い塗り板の上に日本の富士山が素早く出来上がる一枚約10分

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2014年6月25日 (水)

漆塗り寿司桶

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寿司桶の話

私は昭和39年に高校を卒業したが、まだ漆器業界は活気も無く静かな状態でした。

私は漆器店の7代目として生まれ、何の疑問も無く家業に従事したが、毎日極端にひまでした。販売先は祖父の時代は富山、新潟、父の時代は東京。漆器修行の数年が過ぎ、父は仕事の余りの暇さに困り果て、東京のお客さんに相談し、生産を始めたのが、

木製の寿司桶。この目的は、白木の桶では細菌の撲滅が不可能で、すし屋で繰り返し使うには表面を漆で塗るのが最良との判断があった。未知の分野でしたが、社員全員夢中で造りました。それが売れました。戦後の大ヒット商品になりました。

特にお客様より要望が強かったのが大きな寿司桶。一人用は7寸ですが、尺、尺五等、

特大寸法が好まれました。

しかしこの時代も大きな原木は少なく、しかも生地師も経験が少なく苦労しました。でも

山中出身の生地師は大物生地に経験があり、挑戦してくれました。当社にもそんな生地師が何人か出入りしていて、連日寿司桶生産に頑張りました

2014年6月24日 (火)

トレーニングセンター

私は毎日午前中、体力維持を目的にトレーニングセンターに通っている。1万歩歩くのが目標だが、時たまヨガとかエアロとかの運動にもでる。楽しい、毎日の自分のリズムにもなっている。Photo

 ルーツの話  寿司桶の話を書いていて、木製で漆を塗って販売したのが、当社が日本で一番最初と聞いて吃驚した。何気なくした行動が本人の知らない所でブームになる。之がルーツの原点か。

2014年6月22日 (日)

沙久羅会展

Photo 私の好きな絵

Photo_2 先生の絵

Photo_3 私の絵

2014年6月19日 (木)

立山

Photoこの絵も今回の個展で評判が良かった。キャンバスを担いで現地で描いた想い出の作品。

2014年6月18日 (水)

過疎・白峰村

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過疎、この言葉ほどしんみりする言葉は無い、私の町内も住んでいた所は大川沿いの山側だったが、今は漆器生産者は殆ど県道沿いの運送車が入り易い場所に変わっている。今日旧街道を歩いて見たが、『静か』の一言に尽きる。住んでいるのは殆どお年寄りと言える70歳代の人ばかり。過疎はさびしい。
この二枚の絵も30年前に描いた白峰村、この村も住む人がどんどん少なくなっているらしい。過疎は時代の流れか。

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