幼い頃、自宅の前に小川があった。当時はまだ上水道がなく、地下数メートルから汲み上げ
るガチャコンポンプの劣悪な井戸水で、水量も少ないので、台所の炊事や洗濯物、お風呂の
水まで小川が頼りだった。しかも、味噌汁の中身も小川のしじみ頼りで、子供の大切
な仕事で、しじみ拾いに頑張った。そして小川の石垣には、重曹や蓬等色んな草が生えていて、
転んで怪我をするとその葉っぱを揉み解し傷口に刷り込み直した。そんな小川は
子供の遊び場でも有り、夏は水鉄砲や水浴び場と、地域の貴重な財産でもあった。
そんな穏やかなある日、前日来の雨で小川の水量が増え、子供たちは面白くて、
キャーキャー言いながら遊んでいた。私も一緒になって飛び跳ねていたらよろけて川に落ち、
橋の下まで流された。それを観て近くにいた母はわーと叫んで橋の下まで助けに来て拾い上げてくれた。
その傷か今でも鼻の上部に残っている。私の思い出深い大切な母のしるし傷である。
今日から文字を主体としたブログに切り替えます。
ここニ三ヶ月の心境の流れである。その根拠は
単純に私の気まぐれなー
当社の始業は、NHKの朝の連続テレビ小説
『カーネーション』終了後の8時半である。
このドラマは終戦前後の日本の混乱期を即妙に
描いた優れものである。私の生まれた少し前の
実話で、私は当時の人は何を考えていたのだろうと、
謎めいた思いを抱きながら想像が巡るめくって楽しい。
私の子供の頃、…懐いていた頃色々教えてくれた
祖父、そして、近所のおじさんや、おばさん、幼い頃の友達
小学校、中学校、高校の友人や先生。高校卒業の仕事
我家の漆器との馴れ合い。団長も経験した青年団の話し。
一杯ある。その中に現在の話題を盛り込みながら
進めてゆきます。色々の思い出話話浸りながら、進めてゆきます
昨日の朝、所要の帰り道、古くからの沈金師に逢った。『おはようさん』
と明るい声で挨拶取れた。この人は若い時は、腕が達者で収入が豊で
蓄財も堅実と思われる。生活は楽であろうでも、こんな人は特別で
職人さんは一匹狼で、儲かりもしたろうが金遣いの荒い人が多くて
蓄財は余りないのが普通で、現在の収入は国民年金だけで、細々と
暮している、之が古くからの漆器産地職人さんの通常の姿である。
その沈金師の人と別れて暫くして間もなく、『今日はと』と声を
声を掛けられた。この人は80を超えた人であるが、もと銀行マンで
悠々自適の高学年金属の人で私の囲碁仲間である。