2012年1月16日 (月)

父の出征

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後列左より    小川ふじえ、山本五郎ヱ門、廣瀬与作、林重蔵、廣瀬はな
前列左より    小川正雄、小川富雄、小川嘉雄、廣瀬すて、坂下スズ子、廣瀬武雄、廣瀬嘉信、廣瀬嘉左衛門

父の第二次世界大戦出征を祝しての 記念写真(敬称略)

2012年1月13日 (金)

祖父 廣瀬嘉左衛門

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母が亡くなった戦時中、父は戦争で中国へ、我家の全ては祖父母の肩に架かって来たのだろう。
祖父の凛々しい姿。優しい祖母はくの字に曲がった身体で私を育ててくれた。有難う…
きびしい時代、家の柱であった高齢の祖父、今になって写真に深く頭(こうべ)を下げる。

2012年1月10日 (火)

鼻の傷

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幼い頃、自宅の前に小川があった。当時はまだ上水道がなく、地下数メートルから汲み上げ
るガチャコンポンプの劣悪な井戸水で、水量も少ないので、台所の炊事や洗濯物、お風呂の
水まで小川が頼りだった。しかも、味噌汁の中身も小川のしじみ頼りで、子供の大切

な仕事で、しじみ拾いに頑張った。そして小川の石垣には、重曹や蓬等色んな草が生えていて、
転んで怪我をするとその葉っぱを揉み解し傷口に刷り込み直した。そんな小川は
子供の遊び場でも有り、夏は水鉄砲や水浴び場と、地域の貴重な財産でもあった。

そんな穏やかなある日、前日来の雨で小川の水量が増え、子供たちは面白くて、
キャーキャー言いながら遊んでいた。私も一緒になって飛び跳ねていたらよろけて川に落ち、
橋の下まで流された。それを観て近くにいた母はわーと叫んで橋の下まで助けに来て拾い上げてくれた。

その傷か今でも鼻の上部に残っている。私の思い出深い大切な母のしるし傷である。

2012年1月 7日 (土)

生い立ち  ハンカチ

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私が満5歳のとき母が30歳で亡くなった、その後父は3度目の結婚をした。
だから私は母の事は余り知らない。だけと70歳を過ぎた今、
母の事を頻繁に思い浮かべるようになった。その想い出を微かな記憶を頼りに話したい。

ハンカチ  
歩くのが少し上手くなった頃のこの写真の3歳頃だろうか、母の実家に行った、
バスに乗り電車に乗り継いで10キロほどの道程を手を引かれながら行った。
途中汗が出てハーハー云ったら、母がハンカチを出して額の汗を拭ってくれた。

そのハンカチの甘酸っぱい母の匂い数十年たった今も鮮明に覚えている。
この写真はその頃、姉と写した写真で3歳位だったろうか。

2012年1月 2日 (月)

母との想い出

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私が満5歳のとき母が30歳で亡くなった、その後父は3度目の結婚をした。
だから私は母の事は余り知らない。だけと70歳を過ぎた今、やたらと思い浮かべる事が多い。
でも、母は5歳で世を去ったので、幻の様な想い出しかない。

新春にその僅かな想い出の夢の世界を彷徨って見たい。

2011年12月29日 (木)

年度末

今年はお世話になりました。
来年もよろしくお願いいたいます

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この絵は越前海岸にそそり立つ暴風林
越前海岸を走っていると、切り立った岩の上に力強く立っている、

どんな混乱も凛々しく守ってくれる木々達です。

成23年も後3日、今年は3月の東北大震災の勃発に始まる激動の1年だった。
我社(個人企業なので我家も同じ)も波乱含みであったが小さな平和を確保する事が出来ました


Photo_2
2枚目の年賀絵は福井県内で最古の旧街道を誇る今庄地区の伝統を受継ごうと
村の若者たちが街興しの為に始めた祭の一こまです。


2011年12月12日 (月)

思い出話

今日から文字を主体としたブログに切り替えます。
ここニ三ヶ月の心境の流れである。その根拠は
単純に私の気まぐれなー

当社の始業は、NHKの朝の連続テレビ小説
『カーネーション』終了後の8時半である。
このドラマは終戦前後の日本の混乱期を即妙に

描いた優れものである。私の生まれた少し前の
実話で、私は当時の人は何を考えていたのだろうと、
謎めいた思いを抱きながら想像が巡るめくって楽しい。

私の子供の頃、…懐いていた頃色々教えてくれた
祖父、そして、近所のおじさんや、おばさん、幼い頃の友達
小学校、中学校、高校の友人や先生。高校卒業の仕事

我家の漆器との馴れ合い。団長も経験した青年団の話し。
一杯ある。その中に現在の話題を盛り込みながら
進めてゆきます。色々の思い出話話浸りながら、進めてゆきます

2011年12月 7日 (水)

高齢社会とジム

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私は時間的に余裕のある限り毎日、午前中スポーツジムに行く。
ジムの開始時間は午前10時からなので、ゆったりタイムである。
メンバーは圧倒的に女性が多く、男性は私を含め常に2,3人位

そして毎日講師がエアロビすくやヨガ゛、カキーラ、リズム体操、
等の授業があり、こちらの受講生も全て女性である。以前は私も
受講した事があるが、圧倒的な女性パワーに付いて行けなくなった

ジムの体操風景はへたくそで御免なさい。でも漫画風は面白い。
もっと訓練して上手いなといわれるように頑張ります。今、日本画は100号の
一乗滝に挑戦中、全く新しい手法wで挑んでいるので、よろしく。

2011年12月 3日 (土)

挨拶

昨日の朝、所要の帰り道、古くからの沈金師に逢った。『おはようさん』
と明るい声で挨拶取れた。この人は若い時は、腕が達者で収入が豊で
蓄財も堅実と思われる。生活は楽であろうでも、こんな人は特別で

職人さんは一匹狼で、儲かりもしたろうが金遣いの荒い人が多くて
蓄財は余りないのが普通で、現在の収入は国民年金だけで、細々と
暮している、之が古くからの漆器産地職人さんの通常の姿である。

その沈金師の人と別れて暫くして間もなく、『今日はと』と声を
声を掛けられた。この人は80を超えた人であるが、もと銀行マンで
悠々自適の高学年金属の人で私の囲碁仲間である。

2011年11月30日 (水)

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鯖江市美展の日程が決まり、今年の題材は『渓谷美』に決めた
日本画も油絵もである。この絵は日本画の鶴仙渓です。下絵を
経て、今日から本画に着手します。